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多少、過去の記事を削除しました
読むと重くなる感じのものや、 無理やり書かされた感じのものは削除しました まだ、いろいろと忙しく、自分のblogなのですが blog自体を自分で見ることもあまりなかった日々でした。 誰かの為に書くのではなく自分のためだけに 何かや誰かに利用されることなく、 自分の紙にただ書きたいから書く それには文字では、総て伝わりにくいかもしれない 私はただ、自分のかきたいことを 書きたい時に かきたい媒体に表現する 自分が表現したいから 表現する 今はただそれだけだ したいからする 私の文章も言葉も 誰にも一切利用させたり、脅されたり 何かや誰かを、制限することのないよう そして自分も、制限することのないよう 気をつけなくては、と感じた。 # by misaki-ts | 2007-09-17 01:01
仏説摩訶般若波羅蜜多心経 観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識亦復如是 舎利子
是諸法空相 不生不滅 不垢不浄 不増不減 是故空中 無色 無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法 無眼界 乃至無意識界 無無明 亦 無無明尽 乃至無老死 亦無老死尽 無苦集滅道 無智亦無得 以無所得故 菩提薩た 依般若波羅蜜多故 心無けい礙 無けい礙故 無有恐怖 遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃 三世諸仏 依般若波羅蜜多故 得阿耨多羅三藐三菩提 故知般若波羅蜜多 是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪 能除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪 即説呪日 羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶 般若心経 # by misaki-ts | 2007-05-16 21:29
家族が旅行で出払ってて
家の中が静かだ 在る種の攻撃も ベクトルが私から少し逸れたのか 少しだけましな休日 久しぶりにびのんびりTVを見ていた 「ルハン三世」を地上波でやってて 40チャンネルかな? 映画をずーっとやってる局で「ショコラ」をやっていて それを続けて観てた 検索対応で 「パ」じゃなく 「ハ」にしてます なんだか「ルハン三世」は「神」と名乗る、不老不死を願う科学者の話で シンクロ?と思ってしまった・・・・・・ なんだか内容が・・・「そのまんま」じゃないか シンクロしすぎてて嫌なくらいだ・・・ 男が女に 女が男に配役がかわっているくらいで・・・ 「自分は神だ」と名乗る老人? ほとんど宇宙人の『グレイ』にしか見えない存在に いろいろ取られたルハン 「希望」を取られたと言ってたかも それを盗り帰すルハン・・・ そうして、その不老不死の存在は 本体は脳みそだけになった怪物そのもの もはや「人」ではない存在 そういうものを、神と賞する人もいる人もいるかもしれないが そういう存在の末路は誰にでも ちょっと考えれば直ぐに想像がつくはずだ 神と名乗るものほど神から遠くに在る そう名乗るにはそれなりの 「力」はあるのだろうけれどね そして「ショコラ」 今の私のようだ流浪人そのもの ある種の「差別意識」にまとわりつかれている 周りの人の「この人は他の人と違う」だから「良くない」 「自分と違うものは受け入れられない」という思い そして虐めにあう娘 そういう、思いのもつ「制限」「排除」 自分が理解できないもの 自分の理解を超えたものは 「イコール悪だ」という古い考え方 そしてラストの神父さんの言葉 「人は何を排除したり、制限したりするのではなく 何を受け入れ、何を許容するかで その人の価値(だったかな)が決まる」というようなお言葉 泣けてしまいました ものすごく今の私に対する「エール」 「がんばれ~」という 私の好きな映画を使って メッセージをもらった気がしたのです こういうのが本当のメッセージと思う 主人公が最後には「その地」にとどまる決意をする 北風が「次の土地」「新しい土地」「待っている戦い」へいざなうのだけれど 「そういうものは誰かに譲わ」と言い 「私はここに留まる」と意を表明する その感じも・・・ 私も早く「私もこの地に留まる」と決められる場所が欲しいです 少なくとも今いる家ではないのは 解っているので それまでは気持ち的に 放浪者のままなんだろうな~ 早く「私の場所」を見つけたい。 そう願う、一人の自由な夜。 さあ 私はこれから何処へ行こうか 何処へ・・・ # by misaki-ts | 2007-05-05 05:48
仏説摩訶般若波羅蜜多心経 観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識亦復如是 舎利子
是諸法空相 不生不滅 不垢不浄 不増不減 是故空中 無色 無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法 無眼界 乃至無意識界 無無明 亦 無無明尽 乃至無老死 亦無老死尽 無苦集滅道 無智亦無得 以無所得故 菩提薩た 依般若波羅蜜多故 心無けい礙 無けい礙故 無有恐怖 遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃 三世諸仏 依般若波羅蜜多故 得阿耨多羅三藐三菩提 故知般若波羅蜜多 是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪 能除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪 即説呪日 羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶 般若心経 # by misaki-ts | 2007-05-03 21:33
連日雨が降っていましたね
まるで今の私の気持ちのように・・・ 一昨日、あまりにも具合がわるくて 唸りながら寝ていた、うとうとしていたら 頭の中に赤い閃光が走った その赤い光で目が覚めてしまった 身体がだるくてだるくて 寝ていることさえ辛くて うとうとしても、だるさで数時間ごとにおきてしまう この10日くらいで5歳くらい老けた気がする・・・ そんな状況の中 なんだか解らない赤い閃光で起こされる でも、3秒後にには何の光か解って 笑ってしまうのだけれど 空がグングンと音をたてて曇っていく そして、閃光が走る 雷が落ちる そう赤い閃光は雷の光だった ほぼ、肉眼で見るのと同じ速さで 赤い空気の中に、ポツポツとクリーム色か、薄い赤の(ピンクではない) ツブツブが見えた、何かに似ている、、、そうヘモグロビン!みたいなツブツブ(笑) もしかしたら、白いんげん豆っぽかったかもしれないけど でも、薄い色の血液の中を漂うヘモグロビンのイメージ だから一瞬「何だコリャ?」と怖くなって目が覚めたのだけど 直ぐに「ああ。雷か~」と、こんなに雷が鳴ってホットした事はない(笑) そうして、そのまま呆けて寝ていたら 次々と閃光が走り、何秒後かに雷の轟が落とされる 私の感覚だと、雷の光って 白とか青紫、とかガスの炎の青の色のイメージだったのだけど 「赤」だったんだね~ 怒りの開放?それとも 留められなくなるまで溜まってしまったエネルギーの解放? その赤は「朱色」に近くて、そう人間の血の色よりも ずっと明度が高い、キレイな「赤」 でも、遠くの方で閃光が走っても「色」までは認識できない感じ 白っぽい光、位の感じ そして、暫くして 今度は「黄緑色」のツブツブがパラパラ~って感じで頭の上に降ってきた 流石にびっくりして、飛び起きた! そうして窓の方に何気なく目をやると 窓のガラスも黄緑色に染まっているではないか! 「え?」と思っていると パラパラと雨が降ってきたのだ 「なんだ、雨の色、雷の後の、浄化の雨の色か。。。」 「なんだ。。。」とすごくホットした。 雷の後の雨の色 そして窓を開けると 空もうっすらと黄緑色に染まり 雨が降っていく もしかして、癒しの天使、愛の天使と言われる 「大天使ラファエルの色はこの色か?」とふと思った。 窓を開け 雨に、けぶる春の空気を吸い込みながら 全身で癒しの色を感じながら そう思った。 大天使ラファエルは、雨の中にさえちゃんといるではないか! ちゃんと、そこに在るではないか! 「いつも一緒にいるよ(ハート)」という何度も聞いた天使のメッセージ それは、ほんとうに本当に「いつも一緒にいるよ(在るよ)」という事だったのかな~と 今、思った。 天使を言葉でチャネらなくても すぐそこに目をやれば、本当に本当に 天使は『いつもいっしょにいるよ』だったのだ まるで、空気のように そこにいる(在る)存在 そういう、ものなのかな~と思いました。 空にもいろいろな色があるんだなぁ~と そして、雨の(水)精霊や 雷の精霊?に感謝する なんだか私は・・・東京にいるのだけれど 山や海の側に住んでいる人のようだなと思った。 いいのか・・・悪いのか・・・面倒くさいのか・・・ # by misaki-ts | 2007-04-05 23:37
先日、シボレーに乗って
新宿まで遠出?してみた 本当はただ近所に買い物に出ただけだったんだけど 明治通りを滑走してたらなんだか そのまままっすぐ行きたくなったので^^; 音楽を聴きながら、何曲目でどこに着いたかをだいたい目安にして走る 3曲だから13分くらいとか この間は、袋を越えて 目白の橋の下を抜け 都電の線路沿いに走り、神田川の桜を眺め超えていく 高田馬場の商店街を走り そこからひたすら工事中の細い道を走る そうすると、少し遠くに丸井の看板が見えてくる その辺りでお弁当屋さんを探す 丁度、道路沿いにあったので そのまま伊勢丹の横を抜けていくと、新宿御苑に突き当たる そんな感じで 明治通りを北から西へ爆走してみました 今まではたいがい夜中に行ってたので そこでちょっと休憩してまた 帰ってきてたんですが こないだは、途中でおにぎりとから揚げを買い 新宿御苑にて遅いランチをとりました 芝生にゴロンとして ボーっと空を眺めてました~ そうしてみると 自分の普段の行動半径のなんと狭いことか! 半径3キロくらいしかないかも・・・ううむ狭い 会社勤めをしていないとこんなにも 自分の行動半径は縮小されてしまうのね 昔は、通勤に一時間まるまるかけて 西荻から上野と、毎日東京を横に横断してたのにね (でも、流石に通勤時間往復2時間は、それだけで結構疲労してました) ちなみに愛車シボレーとは、ちゃりです^^; 昔は仕事が終わった夜中に ちゃりに乗って 感覚だけで地図も見ないで街を走してました^^; 東京の街には何か仕掛け?みたいなものがあるみたいで でも、そのことは怖いのでここには書かないのですが 何か地図も見ないで、走っていると 例えば、ある町と町の境目が、丁度、線路がひいてあるような所があって その先に神社やお寺があったりする そんなところには、ある種の結界のようなものが あるみたいです 線路自体が結界の役割を果していたりするようなのです。 あとは、川とか、大きな幹線道路なんかも そういう感じになっている場所があるみたいです 東京のバミューダトライアングルみたいな^^; 大きなトラップ その一帯、そこの町ごと迷路のようになっている場所を いくつか見つけてしまいました^^; 特に夜になると、そういうものの 気配、境目を抜けたときの空気の重みの違い等を 体感して、怖くなったり 気持ちよくなったりします^^; でも、やはり危ないからあんまりやらないほうがよいのかもしれません。 最近はあんまり、そういうのはやりません ちゃんと目的地を定めて 「どこどこへ行く」と決めて走りますが 昔は、そういう、行き先を決めないでちゃりで夜行走していました でも、私の頭のなかにはちゃんと 東京の地図がある程度は入ってるんですよ^^ だから、地図も見ないで夜中にふらふらできたのかもしれません 国土庁の下請けで働いていた事があって そこで実際に地図を描いていました ただただ、毎日、イラストレーターというソフトを使って 全国地図を描いたり、色を塗り分けたりしてたんですが なんだか、地図を相手にしてると「幸せ」を感じてました、私^^; オタクなんでしょうね、根が。 仕事以外でも、東京区分地図を何種類か買ってきて 「これは色使いが美しいから、観賞用」とか、「これはデザインはアレだけど 見やすいから、実際使う用」とか分けてました ネットの地図もプリントして「~幹線道路」を北から南までとか、 何枚も張り合わせたりだとか・・・・・我ながらオタクだ・・・ で、地図の中に入っていって、まだ行ってない町を 地図の上で探索するのです そんな事を、よくやってました・・・ 凝視する感覚というか 広重の浮世絵の、江戸の百景とかを見る感覚に似ています 最初は、俯瞰で入っていって だんだん、絵の中に入っていく感覚、と言うか 最初は、絵、全体をみているんだけれど だんだん、絵の中のストーリーや、そのストーリーの背景が見えてくる そこに描かれている小物の柄から、それを持っている人のセンスや趣味を感じたり 外の風景なら、一枚の絵全体の雰囲気からだんだん小さなものに目をやって 梅林なら、最初は、梅林全体のランドスケープを見ているんだけれど 最後は、梅の花びらのグラデーションを、一枚一枚味わったりする そういう感覚 ものを凝視していって、だんだんその絵や地図の世界の中に 自分が入っていく感覚 そういうのが好きなんですね私。 凝視する瞬間。というか その凝視する感覚があると、絵を描いたりするときに 後で思い出すのもわりと楽かもしれないです。 話がそれちゃったですが^^; そんな感じで自分の頭の中に 地図が叩き込んであるんですね 部分部分、必要なところだけだけれど だから、夜中でも気ままに滑走できたんだと思います。 ある種、街の雰囲気を感じながら感覚だけで走る?感じかな。 こんどは地図をちゃんと見て 海までシボレーで行こうと計画中です^^; # by misaki-ts | 2007-03-30 01:51
文京区に小石川植物園という場所がある
私が小さいころから事あるごとに行っていた場所 都会の、超高級住宅地に囲まれた 半径500~700メーター四方の空間 家からは自転車でも行けるので(家のあたりは高級は付かないただの住宅地ですが) 小さいころから本当によく行っていた 春は桜並木があってその下に芝生がこんもり生えていて そこにシートを敷いて寝転ぶ 大量の萩のピンクの中に埋もれたり 夏は草の濃い匂いのなかで、そこの野良猫と戯れたり 数珠玉と呼ばれる草の実を集めて、お手玉を作ったりした 庭園の池のザリガニをスルメイカで釣ろうとしたり 秋は銀杏を毎年拾いに行っていた お母さんが銀杏拾いが好きで 一緒にたくさん拾って、それを冬の寒い日の夕方なんかに ストーブで焼いて食べるの そして小学校でも毎年そこに写生大会に行って 紅葉した大きな木々を毎年毎年描いた 毎年同じ場所なんだけど、なんだか描き飽きないのね そして菩提樹の実を拾ったり 花梨を拾ったり(あくまで観賞用) 池に落ち葉がたくさん積もっていて、池が埋まってて そのまま中に入っていっちゃったり 冬は温室に入って、そこで多肉植物や逆に南国の植物を観察する そうしてまた梅林に白や赤が咲く季節になって一巡りする もともと東大の植物園だっただけあって とにかく種類が多く一年中楽しめた 夜は中にはいれないのだけど 一番精神的に辛かった時期に、自転車に乗って 深夜にそこへ行っていた、ただ濃い緑の匂い そこの周りだけがものすごく濃い、緑の匂いをかぎに そうしてその匂いの中、木々のざわめきを聞きながら 缶コーヒーを飲みながらたたずんでいると なんだか落ち着くのだった 昔から知っている、子供のころから知っている木々が すぐそばに立っている ちょっと場所は離れていても、その木々のぬくもりや その木々の下にたっているかのごとく感覚をすぐに思い出す なじみの木々 幼なじみの木に抱っこしてもらっている感じ。 私のとっておきの場所「私の隠れ庭」 そういう感覚 私有地でもなんでもないんだけど たぶん、そういう感覚をもっている人は小石川には多いと思う^^; (イギリスの半私有地の公園みたいな 近所の公園料を払った人しか鍵をもっていなくて 鍵をもっていない人はその公園には入れないみたいな)それに近い感覚 最近、そういう場所がもう一つふえた 今度は海。 もっと公共の場所なんだけど^^; ひと夏通って 自分の感覚に馴染ませた?感じ そこの空気感と、雰囲気、音、を風景ごと 自分にしみ込ませた感じ 海岸に寝そべっているんだけど 感じとしては、自分家のリビングで海というTVを見ながら 寝っころんでいる感じ^^; だから逆に家にいても、海にいるがごとく ありありと思い出すことができるようになった 感覚的に海にいる感じになれる、と言うか 私の海という感覚 ただ・・・ちょっと「私の場所」(気持ち的にね)だと思っていたものが そうではなくて、やはりただの公共の場 でしかなかったとういう事が起こって 私のお気に入りの場所に、 けちがついてしまっている状態で 私の海は、そこの場所ではない 別の海だったのかなぁ~と感じてます 私の心象風景と重なるような 海の風景は もっと違うところにあるのかもしれないなぁ、と # by misaki-ts | 2007-03-09 18:30
少しこの話はプライバシーの関係で書いていいのか悩んだんですが・・・
もしかしたらすぐ削除するかもしれません いつものようにヘッドフォンをして、ある場所へ向かう その日は、電車を乗り継ぎ 隣の県まで行く予定だった 本当はあまり行きたくない用事、 もうそこへは行きたくないと思っているのに 無理して行っている場所 縁のあるマスターに「どうしたらいい?」と導きを願った そして「コトバではなく、違う方法で私に解るように導いてください」と (基本的に言葉では導きを求めていない時期でした 雑音があまりにも多いいので、言葉の導きではきちんと聞き取れなかったのです) そして自分を守護している存在にも 「あなたの想いを(言葉ではなく違う方法で)きかせて」と 乗り換え駅で、かなり長い間待たされた ずっとホームに立っていると だんだん貧血でめまいがしてきそうだったけれど がんばって待ってた時^^; 太陽の光が鋭くホームに入って来た キラキラと冬の太陽が照らす・・・ ふと、以前よくピアノのある曲に合わせて 頭の中のイマジネーションで曲に合わせて 「光の雨」を降らせていたことを思い出した 最初の光の雨が 天から、ポツリと一粒おちてくる そうすると、次々に光の雨が降ってくる それを、頭の中でイマジネーションする 降ってきた雨は、やがてサラリーマンの人の少し汚い靴の上にも降り それが汚れをぬぐい流れて行き 下水に流れ込んでいく 公園の排気ガスで曇った葉っぱの上にも 野良猫の上にも平等に光の雨が降る そしてマンホールや下水に流れ込んでいく そして、たくさんの流れ込んだ雨は 下水から川に流れ 川からさらに大きな川の支流に流れ込み さらに海へと流れ着く そうして流れてきた 光の水たちは 海になってゆったりゆったりと 漂う ただそこに在り ただそこでたゆたう 毎日太陽の光を浴び 毎日風に吹かれ 毎日朝が来て、夜が来る そうして何日、何ヶ月漂っていたことだろう 光の水は浄化される 海から一筋の風が吹いてきて 温度も上がり 霧になって上昇していく そうして大きな雲になった光のつぶは 街の方へと流れていく 雷が鳴り、音が轟く 雷は空の合図だ 「この辺が汚れています」「ここに雨を降らせましょうよ」という そうしてまた光の雨が街にも降る それが地球の営み というのを、頭の中でありありと想像する それを延々と繰り返していたときがありました そんな事をしなくてはならないくらい 辛い所や、処にその時はいたのです。 音楽と、かすかに残ったイマジネーション ぐらいしか救いが見つからないようなところ 今となっては信じがたいぐらいに辛い所に でも、その辛い話ではなくって 辛いことを話してもきりがないんだ だから今日はそうじゃなくって 話し戻して。その電車のホームで その光の雨を、逆にやってみようと、思いついたのですよ そして曲に合わせて 私の周りに光の渦が沸き起こる そして自ら螺旋を描いて時計回りに 上へ上へとあがっていくのを やはり、ありありと想像する すると電車がやっと来たので、席に座る そのまま、さっきのをしばらく続けると 今度は曲にあわせて光の玉が見えてきた 10センチから5センチくらいの大きさの 白い光の玉が、音、曲に合わせて螺旋を描きながら 下から上へと流れていく。 そのまま曲に合わせてそれを楽しんでいた よく見ていると ピアノの音と ドラムの音 ベース、ギター 人の声では 光の感じが違って見えるのに気づいた ピアノの光は純度が高く はっきりとクリアに見える、輪郭もはっきりと ♪音符一つ一つが光の一つ一つだ ベースはもっとベロ~んとつながっている感じで ある一定の長さをもってつながって出てくる ちょうど糸に通されたビーズやスパンコールみたいに見える ギターもそう ひとの声は一番複雑だ 情報量がものすごく多いい 一つの言葉にたくさんの光の粒がまとまって流れてくる感じだ そうして 目をつぶって 音だけを感じて その曲に浸る 光が自分の中から湧き上がってくる感じを味わう 帰り道、本当はバスが出ているのだけど乗り過ごしたので 川の堤防を2キロほど駅まで歩いて帰った 音楽を聴きながら 先ほどの続きをやり始める 途中「ああ楽しいな!一人で歩いているのだけれど」 「一人じゃない感じがするよ」 そして『アリオン』 『アリオン』と聞こえる アリオンはギリシャ神話の中ででてくるマスター?の一人で 海賊に襲われ、ギター(リュウトと呼ばれるギターの原型みたいなもの)一本で海に飛び込む そうして海の中をギターを鳴らしながら 彼自身が音楽そのものになって、海を漂う するとその音楽を聴いていたイルカ達がやってきて 彼を背にのせ、岸まで連れて行ってくれて助かる。 海賊に襲われ、生命の危機 つまり(限界)にいると思われたけれども 自分が音楽そのものになり、自分という海に飛び込めば 導きはある、というお話 帰りの電車の中で 座れたので、また音を観はじめる すると良く見ると その光の玉は一つ一つが、古代文字?みたいになって見えてきた ルーン文字みたいなやつだ 「なんだこりゃ~?」って感じですが そうしてよく観察していると やはりピアノの音は、 その一つの鍵盤の音が 一つの文字そのものであり 濁りが少ない事に気づく 多少は、小さい小さい文字がくっついていたりするのだけれど そして他の楽器は、ベースはやはり文字が繋がって見え わりと文字の輪郭もボンヤリとしている ドラムは、束になったものがリズムにあわせて まとまって出てくる感じ そしてやはり声は、情報量が多すぎて 複雑でよくは見えないのだ うう~む もう少し曲がゆったりしている曲だったら もっと細部まで観察できたんだろうけど 曲に合わせてどんどん、出てくるので それを見ていくのは、動体視力?も必要だったみたいです。 まるでそれは自分が音楽そのものになり 自分のイマジネーションした音の海に飛び込む そんな感じでした 自分が音楽そのものになった感じ 音楽が光そのものなら 音楽と共鳴し 音楽になった自分も光そのもの そう思えた日でした。 人間は見方を変えれば もともと光そのものの存在 なのだと感じました。 『魂は共鳴する光』 光そのもの、共鳴体 共鳴することで学びがある 共鳴することで癒しがある そしてこれは↓今受け取ったメッセージ 『あなたは独りじゃない』 『音楽(そのエレメント精霊)もいつも、どんな時もそばにいるよ』 『音楽を本当に愛してくれてありがとう』 『そしてあなたは光そのものの存在』 『それを感情とともに実感すればいい』 『そうすれば、そんな暗い影はもういられなくて逃げてゆくよ』 『自分を信じる』 『自分の光を信じる』 『魂は光そのもの』 『自分の光の海に飛び込む』 それが自分の魂を受け入れると言うこと つづく # by misaki-ts | 2007-02-26 02:10
![]() いつもの帰り道 雨が降ってきた 置き傘はあったけど、なんとなくささずに自転車に乗る 走り出すと、ダウンのナイロンの上に 雨粒が乗っかって光っている 水滴のツブが一個一個かわいく光っている その様だけでも「きれい」と思える日もある 少し前までは感覚を遮断(汗)している状態だったので 今、夜なのか?昼なのか 冬なのか夏なのか さえ、感覚としては解らなかった (もちろん時間感覚はあるから、頭ではわかってますよ^^;) ようやく最近になって 夜の空気の圧力 冬の澄んだ音の響き 秋の風の匂い の違いなんかが感じられるようになってきた いったいどのくらい、いったい年何 私の五感は冬眠していたのだろう? 前は、家の中では冬でもTシャツだったりした 寒さすら感じられなくなっていたんだ・・・ そして、今は雨がひとしきり降り 止んだ後なんか 空気が澄んでいて 夜の道路が街灯に照らされキラキラと光って見える この街のどうでもいい風景さえも 映画のワンシーンのように感じることもある。 なんて事のない街の風景も 映画の様にキレイに見える それを、そうは見えていない「落ち込み気味の日」の人にも そういう空気 そういう気配 「キレイに見える日」の想いを伝える 何かを作ると言うことは そういう翻訳作業?なのかな? 今、絵が描けない、ぜんぜん描けなくなってしまった 描こうという気も起こらない その代わり、新しい引き出しが頭のなかにできつつある Flashをやり始めた時にできた引き出しの拡大版 今までの イラスト(平面) ディスプレイ(図面を起して描く立体)ディスプレイのデザイナだったのです に加えて Flash(movie-動く画像) の為の引き出しができて喜んでいた時があったっけ 自分でmovieチャンネルとか呼んでいた(笑い) 脳にいくつか引き出しがあるイメージで その中に大きく(2D)(3D)とか分かれていて さらに、その中に今取り掛かろうとしている案件なんかの 小引き出しと言うか、小さい仕切りが入っていて 資料を探してきたり「お!あの案件に使えそう」とか 何に使えるかわかんないけど「綺麗なイメージ」と思うと 大きい仕切りのない「そのうち何かに使えるでしょう~」引き出しに 入れておくのだ 頭の中のスクラップブックと言うか、大量スクラップ用引き出しみたいな その引き出しのことを 『脳の活動領域』 とあるマスターに言われたけれど 「なるほどなるほど」と思った そうすると、私が生きる事で出す振動(?) 共鳴や共振で その中のアイデアが発酵し ある日、電子レンジが「チン!!!」と音をたてるように (いやホントにそういうイメージなの。笑い) 出来上がり図、出来上がりのヴィジョンが浮かび上がってくる感じ (もちろん、納期が迫っていて無理やりひねり出す事も多しですが) 「なぜ今、そのイメージが出てくる? 電車の乗り換え中でメモなんかできない!」とか・・・ いうので流れていってしまったイメージも多々あります。 でも、頭で考えるのはもういいんだ! 『描け!!!!!』 『描くんだ!アントーニオ!』 (確かロダン(だったかな?うろ覚え)が弟子アントーニオに グダグダ言ってないで、下手でもなんでもとにかく、デッサンを 毎日毎日 とにかく、かけばいいんだ と言っていた言葉 このblog「下書き保存」とかないのかな?不便だな 途中だけど寝ます Tags:#imagination
# by misaki-ts | 2007-02-18 00:28
![]() いつも通っている道に 開かずの踏切ではなく^^;開きっぱなしの踏切がある いつ通っても、電車が通過しているところを見たことがない踏み切りだ そこを通るたびに、使われていない線路はさびしいなぁ、と思っていた ここ10ヶ月ほど一日おきにそこを通っているのだけど 一回も電車が通っているところを見ていなかった すぐ横は普通にJRの電車がひっきりなしに通っているのに そこの線路だけ閑散として、雑草が生い茂っている 電車の車庫がすぐ横にあるので、それ用の線路なのかと思っていた 一週間前 初めてそこの踏切が「カンカン カンカン」とけたたましい警報音をたてて ふみきり遮断機が下がってくる 轟音と共に電車が通過し また、遮断機が上がる 段差のある線路を渡り いつもと同じようにそこを渡る いつもと同じだけれど いつもとは違う そこで感じたメッセージは 線路はあったけれど、肝心の電車が走っていなかった場所に、電車が走った それを自分と重ね合わせてみた 身体はあったけれど、感情をどこかに置き忘れてきてしまった 長いことそんな状態だった、そこに感情、心がやっともどってきた 「GO!」サイン これからは私の感情の流れ道に スッと自然に流れるべきものが流れるよ、と誰かに言われた気がした そして、また空を見上げると いつもより 高くたかく青く青く見えた いつも近くのものばかり見て歩いていた気がしていたけれど 今は、視界が広がって見える 道のずっと先の方を見て歩いている。 そんな感じ。 # by misaki-ts | 2007-01-31 01:14
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